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今月のエキスパート   林 望さんインタビュー
インタビュー
暮らしが文学になる

もともと私は書誌学者で、日本古典籍の書誌学的調査研究のためイギリスにも滞在していました。書誌学者というのは古い本を見て、これは一体どういうものかと学問的に評価して目録化するのが使命です。一つ一つの物事をオブジェクトとして詳しく観察する目が必要で、どこに目をつけるべきか、という物の見方を書誌学で培いました。それにより、しっかり観察して探求して評価をすることが習慣づいていますから、人があまり見ないことを見るのが楽しい。文学も同じでみんな知っていることを言っていたら文学にはならない。だからこそ暮らしながら人が気づかないようなことに着目をした時にそれが文学になると思うんです。同時に発見したことを何とかして表現する。詩や俳句、和歌や小説。時には歌や絵、写真であったり。時には美味しいものの味を覚えて、家で再現する料理であったり。人生一回きり、発見したことをできる限り表現したいと思っています。

林 望さん

林 望さん

家の環境は一つの文化
“てぃーあんだ”な味

素材を活かす料理素材を活かす料理

沖縄の言葉で“てぃーあんだ”という言葉があるのですが“手のあぶら”って意味なんです。日本語でいうと“手塩にかける”という意味ですが、手のあぶらで手塩にかけて味を作るというのが“てぃーあんだ”という言葉なんですね。その言葉にある手作りするということを私はとても大切にしています。私は料理が大好きなんです。それは私の母が料理好きだったので、子供の頃から母の隣でずっと見習っていたことによると思います。だから昨日今日でなく料理には長いキャリアがあります。家でおいしいものを食べていたら、外食であってもおいしさの判断基準がわかるようになりますし、やはり家庭環境がすごく大事だと感じますね。

素材を活かす料理素材を活かす料理

言葉なんかも同じです。子供の頃から家できちっとした言語環境で育つと、英語でもフランス語でもドイツ語でも、上品か下品かすぐに判る。味も同じ、基準になる味を舌に刷り込んであれば食べた途端、これがおいしいかまずいかが判る。
家の環境は一つの文化ですから、料理も言葉も立ち居振る舞いも、着るもののセンスに至っても家庭の育ち方は実に大切だと思います。私の料理は、一日三十分でできる料理を基本としています。料理というのはゆっくりやっていては素材が死んでしまいます。だから出来るだけ早く作らなければならない。そのためには包丁は切れなきゃいけないし、自分の使いやすい包丁を持たなきゃいけないし、ある程度切り方の練習をした方がいいと思います。

素材を活かす料理素材を活かす料理

いかにスピーディーに作るかというのが大切で、鍋で何時間も煮込むというのもありますけど、それはそれで要領が必要ですし。漫然とやらないで、どうやったらこの素材のおいしい味を引き出せるかということが料理作りには大切になってくると思います。また、日本人はカリッやパリッなど、それをテクスチュアと言いますが、歯ごたえや歯ざわりを大切にするんです。それも素材を活かす一つだと思います。どの民族にもテクスチュアがあって、例えばイギリスは柔らかいことが大切だからどんな素材でも茹でる。例えば鮭のような魚は、日本人である私なら切り身にしてムニエルやフライにするんだけれども、イギリスでは魚もじっくりと茹でる。それは文化の型なんですね。それぞれ民族には歴史と伝統がありますから、その民族の料理を繰り返し食べることで、この味がこの料理の普通だという味の凡庸値を知ることが出来る。そしてその料理の持つ味わいを発見することがおもしろさであると思います。

プロフィール 作家・国文学者 林 望さん プロフィール
慶應義塾大学大学院博士課程満期退学。ケンブリッジ大学客員教授、東京藝術大学助教授等を歴任。「イギリスはおいしい」で日本エッセイスト・クラブ賞(91年)、「ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録」で国際交流奨励賞(92年)。『謹訳源氏物語』全十巻で毎日出版文化賞特別賞受賞(13年)。毎日厨房に立つ料理の腕前はよく知られ、『是はうまい!』『新味珍菜帖』『リンボウ先生の〈超〉低脂肪お料理帖』『旬菜膳語』『いつも食べたい!』『家めしの王道』など食物に関する著書も多い。

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